8日目: ハバナ

部屋からは外が明るくなっているのはわかるが、どのくらい明るいのかがわかりにくい。まだ早いかな、などとうとうとしていたら8時半。耳栓のおかげか良く眠ったものだ。

ここの宿は2泊の予定なので、街に出て最初の課題は次の宿の確保。あとはVinales行きをどうにかして、両替をするという必要もある。東にぶらぶら歩くとPlaza Viejaに到着。修復がだいぶ進み、広場に面してきれいな建物が並んでいる。中には今まさに修復中のものも。窓枠や窓格子、物干受け、明かり取りのステンドグラスなど見ていて飽きない。

Plaza Vieja 修復の終わった建物Plaza Vieja 修復の終わった建物
Plaza Viejaに出てきた学校の生徒Plaza Viejaに出てきた学校の生徒
Plaza Vieja 明かり取りのステンドグラスと物干受けが洒落ているPlaza Vieja 明かり取りのステンドグラスと物干受けが洒落ている
Plaza Vieja 修復中の建物Plaza Vieja 修復中の建物
Plaza Vieja 修復中の建物Plaza Vieja 修復中の建物

一階はカフェになったりしているが、上の階は普通に人が住んでいるところもある。だが修復が進むにつれ、住人は追い出されたりしているらしい。観光が最大の外貨獲得手段である以上、なかなか難しいものがある。

近くに目を付けていたCasa Chez Nousがあるので部屋があるか訊きにいく。同じ建物に民宿が2軒あるのだが、GustavoがやっているChez Nousは入口のドアにインターホンまである。こんなの初めて見た。が、ドアを開けるのは2階から紐で引く方式。

Casa Chez Nouzにあった古い電話とラジオCasa Chez Nouzにあった古い電話とラジオ

Gustavoは英語はできないがフランス語はできる、というのでフランス語で話すと、あいにく部屋は埋まっているがほかをあたってみてくれるという。そういうものだとは聞いていたがこいつは助かる。座って待っている間に部屋の様子を窺うと、古い電話やラジオなどが置いてあってなかなか良い感じだ。

しばらくしてGustavoが空いているCasaを見つけたと言ってきた。場所はObrapiaとCompostelaのあたり。住所を紙に書いてもくれたので、礼を言って外に出る。Gustavoは若い起業家という風情で、なるほどこういう人がうまく経営する宿が伸びるのだな、と納得。なぜフランス語の名前をつけているのか漠然と不思議に思ったが、言われてみればつまりフランス語の客を集めているのだ。機会があったら一度泊ってみたい宿だ。

紹介されて行ったRaymonのCasaはすぐにわかった。Raymonも若くてきぱきとして英語が上手。二人と話してみて言葉が通じるのがこんなに楽なのか、と肩の力が抜ける。PaoloとLydiaも親切ないい人たちなのだが、残念ながらコミュニケーションを成り立たせるだけで苦労する。

結局バスなしの部屋を3晩借りることにし、1晩分の宿代を払って再び街へ。明日の朝は引っ越しがあるのでVinalesへは明後日に日帰りツアーで行くことにする。次の目的は両替だ。

昨日前を通っていた公式両替屋のCadecaへ。店の外には行列ができていて、警備員のじいさんが窓口が空いたら次の客を店内に入れている。最後尾のおばちゃんが「私が最後尾ね」と言って、道の向こう側のバーに向って歩いて行く。そういえば行列では最後尾の人が宣言するのが作法だ、という話があったので、後ろに並びにきた人に「最後尾ね」と伝えた。シンプルだが効果的なシステムだ。

Cadeca(公式両替屋)の行列、なぜ行列ができるかは入ってわかったCadeca(公式両替屋)の行列、なぜ行列ができるかは入ってわかった

行列はゆっくり動き、途中人力車で乗り付けた目の見えないばあちゃんの割り込み(これは公認らしい)以外は粛々と進む。ようやく順番が回ってきて、300カナダドルを渡すと、窓口嬢はやけに丹念に札をチェック。何度も数え、両側から透かしを見、機械にかけ、ようやく兌換ペソを手にしたら何度も数え、ようやく手渡してくれた。これでもう一つの課題をクリア。

電話局前で待つ人々電話局前で待つ人々

Calle Obispoを東に向い、いつも人だかりのある電話局前(最近携帯電話が解禁になったらしい)にある流行っている店に入る。それとも電話局前で待っている人たちが買い物をするから流行っているのか。中では食品や軽食を売っているので、そのへんを重点的にチェック。

肉屋に並ぶ人々、でもソーセージとハムしか売っていない肉屋に並ぶ人々、でもソーセージとハムしか売っていない

肉屋はハムとソーセージしか置いていないが、ものすごい行列でみんな辛抱強く待っている。お菓子屋はもう少し商品が豊富で、こちらは小銭を出してケーキを一切れ、という具合で買ってその場で食べる人が多い。

お菓子屋、小さな一切れを買ってその場で食べるじいちゃんお菓子屋、小さな一切れを買ってその場で食べるじいちゃん

さらに街をぶらぶら。各地に車止めが見られるのだが、その一つを見てふとひらめいた。これって、大砲と砲弾なんじゃ?アメリカが攻めて来たら掘り出して使うとか。

どう見ても大砲と砲弾でできている車止めどう見ても大砲と砲弾でできている車止め

San Francisco教会前の広場に、Cheの絵葉書を売っている店があったのでこの際だからと絵葉書を買う。係員のおばちゃんは切手もあるわよ、と言って記念切手シートなども見せてくれるが、日本とヨーロッパに届く分だけ買い求める。

San Francisco教会前も修復中で、外壁を洗っている人がいる。水の勢いで石がゆっくりと白くなっていくが、彼の足下にはものすごい色の濁流が。全部きれいになるまでは気が遠くなるような時間がかかりそうだ。

San Francisco教会を洗う人。ものすごい色の水が流れる。San Francisco教会を洗う人。ものすごい色の水が流れる。

少し歩くと、なんと路上に一両だけ電車、いや客車が置いてあるのを発見。隠れ鉄子のlulunが喜んで写真を撮っていると、通りがかったおばちゃんが向こう側から入るのよ、と教えてくれる。中に入ると3人ほどおばちゃんがいて、そのうちの一人がスペイン語だが解説をしながら見せてくれる。なんでも革命前に大統領が使っていた専用車だそうだ。こいつがすごい。

大統領専用の客車大統領専用の客車
大統領専用の客車 部下の部屋部下の部屋
大統領専用の客車 大統領の部屋大統領の部屋
大統領専用の客車 大統領の部屋大統領の部屋
大統領専用の客車 夫人の部屋夫人の部屋
大統領専用の客車 夫人の部屋の装飾夫人の部屋の装飾
大統領専用の客車 食堂兼会議室食堂兼会議室
大統領専用の客車 厨房厨房
大統領専用の客車 厨房厨房
大統領専用の客車 厨房厨房

厨房に結構なスペースを割いているのが好ましい。

思わぬ収穫にすっかり満足し、お腹もすいてきたのでお昼を食べにLa Bodeguita del Medioへ。

食後は腹ごなしに海辺の道路、Malecónへ。日差しは強いが海からの風が涼しい。夕方になるとだいぶ人が出てくるそうだがこの時間帯は人の姿が少ない。たまたま日陰のところに集まっているぐらい。釣りをしたりシュノーケリングをしたり、あるいは跳び込みの練習をしたりとそれぞれに海を楽しんでいる。首都で港がすぐ近くなのにこの水のきれいさは驚愕だ。

Malecón 跳び込み少年跳び込み少年

かつては岩を削って海水「浴場」が作ってあったらしい。確かにそれらしい穴が見えるし、柱を立ててあったとおぼしき穴もあるので小屋掛け、あるいは日除け程度のものはあったのだろう。「男」「女」「黒人」用に分かれていたそうだ。

Malecón 海水「浴場」跡らしい海水「浴場」跡らしい

Malecón沿いの家は潮風に腐食されてぼろぼろになっているものが多い。修復もしてはいるようだが、これだけ大きな街に掃いて捨てるほどある古い建物を修復するのは想像を絶する大変さだ。Viejaの修復が進んでいるのはユネスコの世界遺産に指定されたからだというから、それ以外の地域は遅々として進まないのも理解できる。

Malecónに面した建物はぼろぼろMalecónに面した建物はぼろぼろ

少し内陸の道を歩いて戻ったが、この雑然とした修復されてない街がある意味本当のハバナなのだろう。そういうところがまた面白い。楽しみながらぶらぶらする。

Centro、Calle Animasの普通の町並み すてきな窓Centro、Calle Animasの普通の町並み すてきな窓

Centro、Calle Animasの普通の町並み 落下注意の庇、りかこが下にいたら通行人が注意してくれたCentro、Calle Animasの普通の町並み 落下注意の庇、lulunが下を歩いていたら通行人が注意してくれた

Centro、Calle Animasの普通の町並み 馬車と対峙する古い車Centro、Calle Animasの普通の町並み 馬車と対峙する古い車

Pradoまで出てCapitolioの方に向い、国立劇場とHotel Inglaterraの間の道Calle San Raphaelを西へ向う。広い通りが歩行者天国になっていて人が大勢いる。Calle Obispoが繁華街だと思っていたが、地元民にとってはこっちの方が最近では人気なようだ。色々と面白そうな食べ物もあって楽しい。フレッシュジュースにありつけたのも嬉しい。

Avenida de Italiaまで行って、少し南側の道を東に戻ってくるとそのあたりはチャイナタウンらしい。言われなければそうとわからないぐらい中国色が薄れているが、町中ではけっこう地元の中国人を見かけるので人口はそれなりにいそうだ。しばらくすると立派な建物(電話局らしい)があり、その先に巨大な中国式の門がある。

そのすぐ先になんとぼろぼろになったSLの塊が見える。おお、と近寄って柵の外から写真を撮っていると、おじさんが中に入っていいよとlulunを手招きする。喜んでぱしぱし写真を撮る。議会のすぐ裏にこんな空間があるなんてさすがキューバだ。機関車のうちの一台は修復している様子だったが、あとはほぼ野ざらし。

SLの墓場SLの墓場
SLの墓場SLの墓場
SLの墓場SLの墓場
SLの墓場、これだけは修復中みたいSLの墓場、これだけは修復中みたい

ずいぶん歩いたのでCapitolioの南側の道路に面したベンチに座って一休み。日陰でそよ風に吹かれていると快適そのもの。道を行き交う人や車を見ているだけで楽しめる。目の前ではエンコした車を直そうとしているのか、何かを待っているのかわからない人がボンネットを開けてぼーっとしている。すぐそばに謎の赤い飲み物を売っている屋台があるが、店番をしているのはなぜか看護婦の格好をして網タイツをはいたねえちゃんたち。よくわからん。

Capitolio前で通りかかる車を定点観測Capitolio前で通りかかる車を定点観測

ゆっくり休んでから、ヘミングウェイが好んだというバーを目指して港の方へ向う。途中小さな市場があったので覗いてみたら野菜がわりと売っている。なーんだ、あるところにはあるんだ、とちょっと安心。そうは言っても品数は少なく、どの店も同じものを売っている。

Calle Solにあった市場Calle Solにあった市場
Calle Solにあった市場Calle Solにあった市場
自称「売り物」の車。本当に買う人がいるのだろうか。自称「売り物」の車。本当に買う人がいるのだろうか。

残念ながらお目当てのバーは修復中。がっかりだがPlaza Viejaに戻り、Restaurante Santo Angelでモヒートとダイキリを飲む。例によって少ない客目当てに楽団がやってくる。日が傾くのを眺めながらゆったりとしたひととき。

楽しそうな楽団のじいちゃんたち楽しそうな楽団のじいちゃんたち

暗くなるまでもう少し街をぶらぶらし、Hostal Valencia内にあるLa Paellaへ向かう。

食後は水を買うために街をさらにぶらぶら。価格表示がCUCなのか人民ペソなのかわかりにくい。人民ペソの店を探して歩いているうちにどんどん店が閉まりだし買えずじまいになりそう。7時には閉まる店が多い。最終的には0.7CUCで無事購入。どうやらどの店もCUCでの値段を表示していたらしい。水なんか買うのは外国人ということか。

今日は実によく歩いた。25832歩。